目指せ!フリーランス飯

フツーの会社員が、思いつく手段で独立を目指す日々を綴ります。

人を見るように自分をみる

今日はほとんどせどりのリサーチで1日が終わった。

1日が終わった、といってもそれほど作業はしていないのだが。

でも、とりあえずは手を動かした自分を褒めておこう。

 

少し前に、彼女から仕事のことで相談を受けた。

どうやら、後輩がいくら言っても直すべきところを直さないという。

自分はいつもなら議論はせずに聞き役になるのだけど、その日は自分の意見を言った。

 

自分は、人に対して「現状のその人でOK」という考え方をする。

そこから加点法で考えていくので、人に対してあまり不満を抱いたり失望したりすることがない。

人に期待しないと言ってしまえばそれまでだが、自分はこの考え方で今まで仕事や友人関係で大きなストレスを抱えたことがほぼない。(危うい人とはなるべく離れるようにしているので、それも大きな要因だとは思うが)

 

だが、自分のこととなると常に減点法で考えてしまうのはなぜなんだろう。

自分に甘くという訳ではなく、現状の自分にまずは満足して、そこから加点していく、という人に当たり前にできている考え方を、自分にも向けてやろう。

一番大事なことは、自分がどんな生き方をしたいか自分でわかっていて、

その選択に自信を持っていることだそうだ。

確かにその通りだ。それができていれば自分の人生に満足できるきがする。

 

けれど、自分はどんな生き方がしたいかなんて分からない。

いや、正確に言えば、「結果がどうであろうと構わない」と思えるような何かを見つけられていない。

うまくいくとわかっていればその生き方がいいけど、うまくいかないならその生き方はいやだ。

そんなところまでの情熱しかないから、潔く何かを選ぶことができずに迷っている。

 

今日はろくに仕事が進まなかった。特に理由もなく「死にてぇー」とか言ってた。

別に死にたくもないのにね。意訳するなら「全部放り投げて南の島にでも行きたい」だ。

 

一応少しは仕事をした。頼まれていたAmazonの出品を少しずつ進めた。

オリジナル商品の登録も慣れれば楽なもんだ。さすが一億以上の商品があるAmazonだ。

 

明日は何をしよう。

少しずつでもいいから手をつけよう。夢中になるには手を動かすことだ。

頭で自分がやりたいことは何か考えていても、たいていは夢中になれない。

手を動かしているうちにエンジンがかかってきて、気がつけば没頭しているものだ。

 

やる気がなくてもいいから、少しずつでも手を動かそう。

コンテンツをつくる人に憧れる

なんというか、自分は自らコンテンツを作成していない。

最近やっている仕事といえば、コンテンツ保持者が持っていない技術を提供して、コンテンツの供給を手助けしているようなことだ。

 

そこにはデザインの仕事も含まれる。

もともとデザインの仕事を志したのは、コンテンツを作ることをしたかったからのはずだ。

だけど、自分はコンテンツを作ることを全然していない。

 

製品でも、イラストでも、WEBでもアプリでもなんでもいい。

コンテンツをつくることをはじめよう。それをライフワークにしたい。

昨日はだいたい彼女と一緒にいたので日記を書く時間がとれなかった。

 

友人から結婚式の招待状がとどいたが珍しく会費制らしく、出費が少なくて嬉しい。

まぁ面子はいつもの高校メンバーだろう。

 

昨日は引き続きホームページを進めたのと、せどりを少しやった。

絵は書いていない。

 

今日はものすごくやる気が出ない。

返信が素っ気なかったからであろう。

まぁ淡々とやっていくしかないのだが。

 

さて、何をしよう。

とりあえずもう一つ頼まれている出品の作業を進めるか。

加点法の人生

現状でOK、からスタート。

 

いつもそれでいい。

現状はいつも十分に満たされている、

現状の自分はすでに完全体である。

 

人生は、ただそれに加点していくだけである。

せどりと絵

今日は何やったっけ。

 

とりあえずホームページを少し進めた。

あとはせどり仕入れを少しやった。

 

最近女の子を追いかけている報告をよく聞く友人Oは、高校の時の同級生とサシ飲みをして、自分の家まで連れ込んだものの、どうやらやれなかったらしい。

 

夕方くらいに夕食を食べに出かけたが、そのときにスマホをいじっていたときの2chの記事(Amazon転売してるけど質問ある?)が妙に印象に残った。

もっと転売をいろいろ勉強して売り上げ、利益共に伸ばしていこう。

 

夜に絵を描いた。

まずは楽しく模写をして描く習慣をつけていきたい。

 

やりたいことやったもんがち

自分がしたい生き方ってなんだろう。

 

「こうだったらいいな」っていう生き方を追って会社をやめたけど、幸福度的にはあんまり変わっていないような気がする。

しかし冷静に考えるとかなり満足な環境だ。朝は目覚ましなんてかけていないし、仕事もまぁぼちぼちもらっている。

 

定期的に気持ちはこんな風になるけど、例えば今自分が思っているのは「可愛いセフレが欲しい」「金がもっと欲しい」「絵がうまくなりたい」というわかりやすい欲まみれなことだ。これらが全部叶ったら、こういう憂鬱な気持ちは起きなくなるんだろうか?わからないけど、直感的にはなくならないような気がする。

 

彼女が居ない時は「彼女ができたら憂鬱な気持ちはなくなるはずだ」って思って居たし、会社員をやっていた時は「会社をやめてフリーになれば〜」と思っていた。

多分、満たされない理由を自分の持っていない物のせいにしていれば、今すべきことに向き合わなくて済む(ような気がする)からだ。

 

流行っていた本の考え方を借りれば「憂鬱な気分になることを自分で選んでいる」ということになる。すなわち憂鬱な気分は自分にとってメリットがあるのだ。

理由は先ほども述べたように、憂鬱な気分になっている間は、今すべきことから目をそらすことができるからだ。

 

そう考えると、するべきことは明白だ。

気分に関係なく、目の前にある「やりたいこと」をやる。シンプルだ。

シンプルなんだけど、それがなかなかどうして難しいんだよなぁ。